物語No.050

一の瀬の渡し

年代
元亀二年秋
場所
浜北区上島
現在の名前:浜北区上島
古い名前:浜北市上島
キーワード
助けられた話, 敵に見つけられて逃げる, 逃走, 隠れる, 助けられる, 苗字を与える, 刈草, 徳川家康, 浜北区,

物語本文

 浜北市上島、ここは昔は、天竜川の中の小島となっていた所であるが、ここに、
『一瀬』
という姓の家がある。
 元亀二年の秋のある日であった。
 武田信玄の軍の様子を見ようとして出掛けて来た家康は、ついに敵兵に見つけられてしまった。
『うむ、困ったな』
 そこは天竜川の支流の流れている所である。川を越さなければ、捕(つか)まってしまう。ふと見ると、対岸の草原で中年の夫婦が草を刈っていた。
『頼む、頼む、川を越して呉れ』
と大声に呼ぶと、その夫婦は顔を上げた。妻はそれを見て、
『あなた、行っておやり……』
『うん』
 夫は清九郎という、頑丈な百姓だった。清九郎が川を渡って行くと、家康は、
『頼む、この川を越してくれ』
『はい』
 清九郎は背中を出した。
『頼むよ』
 家康は清九郎の背中におぶさって、無事に川を越して来た。
『もう一つ頼む。わしをどこかに隠して呉れないか、敵兵が来る』
『はい、では』
 清九郎はすぐ、家康を刈った草の、積んである所へ連れて来た。そして妻と二人して、刈草を家康の身体の上にかけて、見えないようにしてやった。
と、その時、武田の兵が、二、三人やって来て、
『おい、ここへ、誰か逃げて来なかったか』
と言うのである。
『いえ、知りません』
『嘘(うそ)を言うな、たしかに武士が一人、このあたりに逃げて来たはずだ。教えろ』
『……』
『隠していると、命はないぞ』
 その時、清九郎の妻は、気転をきかして、
『あの、お武家さんか、誰れかは存じませんが、さき程、刀を持った人が一人、あちら、西の方へ急いで駈けて行きました』
と言うと、女の言う事なので、敵兵は一層信用して、
『そうか、それだ。それだ』
と、眼の色を変えて、西の方へと走って行ってしまった。
 その後で、草の下から出て来た家康は、
『有難う、有難う、お蔭で助かったよ』
と礼を言った。
『あぶない所でしたね』
『お前達二人のお蔭だ、恩に着るよ』
『はい』
『わしは浜松の家康だ。何かお礼をしたいが戦さの途中、何もやるものはない。だが背負って一の瀬を越して呉れたから、これからは、一の瀬という苗字を使うように』
『はい、有難うございます』
それ以来清九郎の家では、
『一瀬』
の姓を使っているのである。
 その頃は、誰れでも庶民は名前だけであった。それ故、苗字を使うことを許されると、
『苗字帯刀御免』
と言って、武士の資格が出来た事になり、大変に名誉のことであった。

参考文献
  • 文献ID: R000
  • 文献名: 家康の愉快な伝説101話
  • 著者: 御手洗清
  • 発行: 遠州伝説研究協会 発行年: 昭和58年2月20日
  • 引用ページ: 146-149
住所
浜北区上島

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 この地点は、必ずしも物語の舞台となった場所を示しているとは限りません。