物語No.109

元浜町の椿姫観音

年代
永禄年間
場所
浜松市中区元浜町
現在の名前:椿姫観音堂
古い名前:椿屋敷
キーワード
戦いの話, 名前の由来, 遠江進攻, 引間城の明け渡しを求める, 引間城への交渉, 勇ましく戦う女城主, 引間の城, 椿姫観音堂, 元浜町, 椿屋敷, 徳川家康, お田鶴の方, 中区,

物語本文

 今は、むかし。
 永禄といえば四百年ほど前のことです。
 引間の城に飯尾豊前守乗竜(いいおぶぜんのかみのりたつ)という方がいました。
 乗竜がなくなったあと、その奥方のお田鶴(たづ)の方が城を守ることになりました。お田鶴の方は、うつくしく、やさしく、その上、男まさりの気性だったので、城のさむらいも町民たちもよくいいつけにしたがったということです。
 そのころ、三河に徳川家康がいました。家康は、なんかいも使いのものを出し、
「城を明けわたし、徳川方にしたがってはどうか。」
とか、
「もし、いうことをきいたら、たくさんのほうびをとらせよう。」
とか、手をかえ品をかえてさそいましたが、
「女と思いあなどりおる。」
と、きっぱりはねつけ、どうしてもききいれません。
 しびれをきらした家康は、とうとう引間の城をとりかこんでしまいました。
 お田鶴の方は、城兵をさしずして、かいがいしくたたかいましたが、家康の大軍のまえに、城をささえることができません。
「いまはこれまで。」
と、かくごをきめたお田鶴の方は、緋(ひ)おどしのよろいに身をかため、侍女をひきつれて、なぎなたをかかえ、城門を開けはなって敵陣にきりこみました。
 攻めよせる敵兵をばった、ばったと切りたおし、切りたおし、すすむお田鶴の方でしたがとうとう、多勢に無勢、討死してしまいました。家康は、おしい女性を殺したと、その後、元浜町にその墓をたて、ねんごろにとむらいました。いま、ここに、椿姫観音堂が建立され、お田鶴の方をおまつりしています。その場所は、かつて、お田鶴の方が住まわれたという椿屋敷のあとだそうです。

参考文献
  • 文献ID: R001
  • 文献名: 浜松の伝説 上
  • 著者: 渥美実
  • 発行: ひくまの出版 発行年: 昭和56年9月
  • 引用ページ: 88,89
住所
浜松市中区元浜町

※この地図のピンの示している場所は、上記の「場所」または「現在の名前」で検索された地点です。
 この地点は、必ずしも物語の舞台となった場所を示しているとは限りません。


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